日本を見つめる

日本人としての誇りを失った国家・捏造で介入する特亜。 国益より私益の『売国奴』たち。                

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大東亜戦争の敗れた後、わが国は連合国より大戦の責任を追及され、東京裁判という、事後法によって裁かれた。

このなかに、人道に対する罪と言う紋々があったのだが、さすがに、連合国もそれについての追及は出来なかったようだ。

考えてみれば、日本という国が対外的外征戦争を行ったのは、日清戦争が最初であった。

その後、日露戦争やシベリア出兵を経験し、外征戦闘という概念が生まれ、日露戦争後得た満州の権益保護として、日本軍は、関東軍と言う一大戦闘軍団を中国東北部に創建し、当時の日本が考えていた敵性国家、ロシア(後のソビエト)に対応する体制を作り上げた。

当時の世界は帝国主義が蔓延し、世界は、植民地と帝国主義国家に分類され、日本という国は、維新後、植民地支配を避けるために『富国強兵』と言う帝国主義政策を前面に出し、国力と軍事力の増大を図ってきたのである。

当時、中国東北部と言われている地域は、満州と言われ、日本が日露戦争によって獲得した対外的権益として、息の掛かった傀儡国家としての
『満州帝国』を設立し、皇帝には、満州族最後の皇帝だった『溥儀』を据え、日本は満州の権益を強固なものにすることとなった。

これが、アメリカなどからの干渉を受ける原因でもあるが、荒野を10年足らずで世界に誇る一大工業国家となしえたことは誇っても良いと思う。この方法は、朝鮮併合での日本の教育やインフラ整備と全く同じであった。

軍も、帝国軍人が日本軍籍を離脱して、満州国軍の設立に貢献したことは、完全な属国としての見方はしていなかった証ではないのだろうか。

当時、清国の崩壊後、国内は軍閥によって分裂状態を起こしていた中、蒋介石率いる南京政府が対外的に承認された中国政権として存在しており、日本との間での小競り合いが発生していた。

国民党政権は、欧米の支援を受けるために、宣伝工作を大々的に使用し、日本はそれらをあまく見た対応をとることで欧米との戦争への道をただひたすら走り続けていたのである。

そして、とうとう、盧溝橋において軍事衝突が起こり、日本は、中国へのゲリラ戦に引きずり込まれてゆくのだ。

アメリカ民主党政権は、アメリカの権益を中国に作り出すために、日本の満州からの引き上げを求め続け、中国国民党とを軍事的にも支援するような対応をとり続けた。

アメリカの言う、日本が真珠湾を奇襲攻撃したことは、だまし討ちであると言う主張をいまだに続けているが、当時の中国において、義勇空軍として、アメリカ陸軍航空隊が戦闘行動をとり、又、日本との戦闘を行っていた。

又、戦闘状態の相手国に軍事支援を行うと言うことは、すでにアメリカ自身が戦争当事者となっていたのを、日本はアメリカに対して行動を抑制していた。

アメリカの干渉は強くなり、蒋介石やチャ-チルの謀略も重なったことで、アメリカの『ハルノ-ト』と言う最後通牒が、太平洋の戦端を開いたのである。


続く

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